ランボルギーニで世界と戦う。根本悠生の鈴鹿凱旋。ランボルギーニ・スーパートロフェオ・アジア Rd.2 SUZUKA


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『SUZUKA RACE of ASIA』には普段日本では見かけない世界で戦うドライバーも”凱旋レース”として参戦していました。


ランボルギーニ・スーパートロフェオ・アジアに参戦した根本悠生選手もその一人。


今回は根本悠生選手についてご紹介します。




根本悠生とは?

引用元:http://www.yukinemoto.com

根本悠生(ねもと ゆうき)選手は1996年09月22日生まれの若手レーシングドライバー。


レーシングカートで活躍後、2012年にFTRSに首席で合格。


2013年にフォーミュラ・チャレンジ・ジャパンで四輪レースデビューの機会を得ました。


同時に、名門レーシングガレージZAP SPEEDの首席スカラシップドライバーにもなり、同年のスーパーFJ筑波シリーズでは全戦全勝でチャンピオンを獲得。


2015年からSUPERGTのサポートレースでもあるFIA-F4 日本シリーズにKCMGから参戦。


私が彼の存在を知ったのはこのFIA-F4でした。


引用元:http://www.yukinemoto.com

最初の印象は「KCMGがジュニアカテゴリーにまで参戦しているのか」程度のもの。


彼の存在を強く意識するようになったのは『イタリアF4のテストに向かった』という情報を聞いてからでした。


当時、参戦していた日本のFIA-F4 KCMGチームはジュニアフォーミュラの名門ZAP SPEEDがメンテナンスを行っていましたが、そのZAP SPEEDでは『VSR Lamborghini SC Junior Team』のメンテナンスも行っていました。


『VSR Lamborghini SC Junior Team』はランボルギーニのレース部隊スクアドラ・コルセの直系育成チームだったため、日本のFIA-F4に参戦したVSRドライバーにはランボルギーニのお膝元であるイタリアでのテストプログラムも実施。


そこに、『VSR Lamborghini SC Junior Team』所属ではないものの、志願して参加したのが根本悠生選手でした。


その話を聞いて「よく志願したなぁ」と、そして「面白いなこのドライバー」と思ったのでした。


そのエピソードを根本選手本人にしたところ「あれは自腹だったんです」という驚きの返答が返ってきました。


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根本「日本のFIA-F4で成績が出せなくて、『最後のチャンスと思ってイタリアFIA-F4にチャレンジしよう』ということでビンチェ(VSRのビンチェンツォ・ソスピリ代表)にお願いして、自腹くくって行くことに決めました」


根本「どうしてもその分のスポンサー欲しくて、渡欧までの1ヶ月で追加のスポンサード頂けないか、とにかく営業しまくりでした」


そう当時を振り返る。


確かに、日本のFIA-F4参戦時の成績は芳しくありませんでした。


FIA-F4に2シーズン参戦し、3位表彰台が1度。


競争が激しいレースの世界、その成績だけでは『次はない』と言われてもおかしくはない状況だったのです。


自腹をきって向かったイタリアのテストでは、『VSR Lamborghini SC Junior Team』の篠原選手、ニコラス・コスタ選手とともに参加し、育成枠では無い根本選手もVSRチームから高い評価を得ることができました。


そして、VSRが参戦するイタリアGT選手権で欠員が発生し、根本選手に声がかかります。


初優勝のヴァレルンガ 引用元:http://www.yukinemoto.com

突然のチャンスでしたが、初のGTカーでのレースとなった『ITALY GT SUPER GT CUP』第9戦 ヴァレルンガでのレースで5位、そして翌日の第10戦で優勝


ここから彼のレースキャリアは大きく変わることとなりました。


快進撃は続き、イタリアGTでは6戦中4勝


2017年は前年の活躍が認められ、さらに競争が激しい『ランボルギーニ・ブランパン・スーパートロフェオ・ヨーロッパ』に参戦。


ここでも表彰台の常連となり、20歳でついにGT3で争われる『BLANCPAIN GT SERIES ASIA』にもスポット参戦しました。


2018年は一旦帰国し、全日本F3選手権に参戦。


チームはF3経験も少ないアルビレックスRTでしたが、雨の岡山で3位表彰台を獲得。


あの『坪井イヤー』と言われた2018年に表彰台に乗ったことで、ドライバーとしてのポテンシャルの高さを改めて知らされたという印象でした。


そして2019年、またランボルギーニでのレース、『ランボルギーニ・スーパートロフェオ・アジア』に参戦しています。


開幕戦となったセパンでは体調不良で欠場となった為、第2ラウンド 鈴鹿が根本選手にとっての開幕戦となりました。





VSR(ビンチェンツォ・ソスピリ・レーシング)

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鈴鹿でのレースの話になる前に、根本選手の所属するVSRというチームをご紹介します。


VSRはビンチェンツォ・ソスピリ・レーシングというイタリア・フォルリに本拠地を構えるレーシングチームです。


長きに渡り、ジュニアカテゴリーを中心に参戦し、ロバート・クビカ、セルゲイ・シロトキンなど、F1をはじめとする世界のレースで活躍するドライバーを育てたチームです。


上記のように、ランボルギーニ・スクアドラ・コルセのドライバー育成も務め、日本のFIA-F4にも3シーズン参戦しました。


VSR ビンチェンツォ・ソスピリ監督 Photo by RacingDiary

チーム監督のビンチェンツォ・ソスピリ氏は1995年の国際F3000チャンピオン。


F1では1997年に『ローラ』チームのレギュラードライバーとなりましたが、予選通過さえままならないシャーシに、メインスポンサーだったマスターカードの支援打ち切りをきっかけに第2戦を待たずしてF1から撤退したというエピソードも。


F1では恵まれませんでしたが、TS020を操りルマン24時間レースではポールポジションを獲得したり、インディ500やフォーミュラ・ニッポンにもスポット参戦した実力派ドライバーでした。


そんなソスピリ監督ですが、『SUZUKA RACE of ASIA』ではランボルギーニ・スーパートロフェオ・アジアに2台、ブランパンGT・ワールドチャレンジ・アジアに1台が出走した為、多忙を極めていたようです。



チームメイト


根本選手のチームメイトはアレックス・オウ選手。


香港のジェントルマンドライバーです。


ジェントルマンと組むということで根本&オウの66号車はPro-AMクラスでのエントリー。


アウディのワンメイクレースやフェニックスレーシングアジアチームからスーパー耐久にも参戦経験があるドライバーです。


今シーズンはランボルギーニ・スーパートロフェオ・アジアだけではなく、ブランパンGT・ワールドチャレンジ・アジアにも参戦。


その為、ブランパンGTのレースが終わって車をパルクフェルメに移動させたら、すぐにスーパートロフェオのスーツに着替えて準備するという一幕も・・・(汗)





予選

Photo by Fotospeedy

ランボルギーニ・スーパートロフェオ・アジアでは予選がQ1とQ2に分かれています。


Q1でレース1のグリッド、Q2でレース2のグリッドを決定。


AMクラスとLBクラスでは1名のみの参戦も可能(ピットストップタイムは規定で決められているので大きな差が出ないようにコントロールされています)ですが、基本的には2人のドライバーがそれぞれアタックします。


アレックス・オウ選手は予選6番手、根本選手はQ2を担当し、予選2番手を獲得。


レース1は6番グリッドから、レース2は2番手からのスタートとなりました。





レース1

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レース1ではスタートをアレックス選手が担当。


序盤、アレックス選手の乗車中にセーフティカーが入ったことでVSR 66号車にチャンスが訪れます。


ピットでのドライバー交代を済ませ、根本選手が搭乗してからの追い上げは凄まじく、どんどんと順位を上げていきました。


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ピットビル3階からホームストレートを抜けて1コーナーに進入する66号車を見ると、リアを滑らせながらターンインして前方を走る38号車を追いかける。


その走りはまるでレーシングカート。


重くて、曲がらないクルマを『曲げる』走りには勝ち以外は望んでいないという根本選手のレースに対する価値観を感じてしまうほど。


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総合2番手、Pro-Amクラスのトップでチェッカーを受けました。


惜しくも、トップの38号車をコース上でかわすことはできなかったものの・・・


22日夜、38号車の最低地上高が規定よりも低かったことで失格となり、根本選手の66号車がProクラスを負かしてPro-Amクラスで総合優勝という偉業を達成!!


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もちろん、レース1終了直後には総合優勝とは誰も思わず、筆者も根本選手に優勝記念インタビューを取ることはできず(汗)


チームの戦略で、決して限界を超える走りではなく、高いレベルを”維持し続ける”ことで前方のライバルに勝るという高いチームの総合力が必要だったという話をお聞きしました。


『決して限界を超えない、できることを確実にやって結果につなげる』というハイレベルな戦いを目にし、筆者も友人に『身近にこんな凄いドライバーがいたんだね』とLINEを送ってしまうほど(汗)


そしたら『当たり前じゃん、気付くの遅すぎ』という返事がきたのでした。





まとめ

Photo by Fotospeedy

レース2では根本選手のスティントの間トップを走行も、アレックス選手へ交代してから入ったセーフティカーなどの要因からポジションを守れず、Pro-Amクラス3位でチェッカーを受けました。


レース後の根本選手にお話を伺うと、もう次の富士ラウンドのことを考えてクルマ作りから見直す、今度こそ連続総合優勝を決めるという前向きな言葉も出てきました。


次戦 Lamborghini Super Trofeo Asia 2019 Rd.3 は7/6(土)〜7/8(日)に富士スピードウェイ の『ザ・ワンメイクレース祭 2019』の1イベントとして2レースが開催されます。


皆さんに是非見て頂きたいレースです。


ハイレベルなワンメイクGTレースで活躍する若き日本人ドライバーの活躍とともに、是非次戦の情報もお届けできればと思います。



Photo by Fotospeedy&RacingDiary

ALL:Text by RacingDiary



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